「脳梗塞」タグアーカイブ

ブレイクスルーの備忘録

また更新が滞ってスミマセン。

飲食イベントは無論、木工製作も随時作ってるのですがぁ

ちょっと、備忘録と言うかリハビリ進捗の話。

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私は2022年の12月14日の深夜に脳梗塞を発症して

ホントのたまたま・・・・自力で起きて九死に一生を得て

緊急入院。しかし、残念ながらtPA剤投与も既にリミットの

四時間以上が経過していて結局、半身麻痺の身体になった。

;つД`)

んま、それに関しては不運として現実を受け入れるしか無かったが、

どうにか後遺症無く復活出来ないモノか?と必死でリハビリを開始。

右脳の運動神経の大半が壊死していて、左半身が麻痺。

歩行訓練も大変で、正直なトコロ翌日から約2週間の期間が回復に

重要と聞かされ、焦りまくって必死でした。

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まぁ、その後の必死のリハビリ内容は何度かブログ記事にしましたが・・・

約半年のリハビリ入院を経て、無事に後遺症ゼロ、障害者認定無しで

見事、木工も継続、運転免許も試験を経て再継続。大型バイクにも乗れる。

新たに飲食イベント出店も並行して社会復帰しました。

とは言え・・・・

日常生活に支障はない程度で、左手は以前のようには器用に動きませんし

左足を引き摺り、ホームセンター1周するだけで歩き疲れてしまう程度。

会話は出来るものの、呂律が回り難いので以前のように流暢に口達者では

無くなったし、当然、以前のように脚立にも登れない。

実質、ほぼ右手片手にしかチカラが入らないので、女性より持ち上げる

チカラが落ちて二足の草鞋で頑張ってた建築内装業も辞めるしかなかった。

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退院してあれから数年後、何と言うか、日頃の自主リハビリを続けてて

何度かブレイクスルーがあり、それを上手く言語化出来ないか?

同症状リハビリの励みや療法士さんや脳外科さんに、どうか伝われば

・・・・っと思ってます。

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っと言うのも脳梗塞は脳の損傷度合いで麻痺など障害にも回復にも

大きな差があり、脳の損傷個所で部位の症状にも差があります。

私の場合は、左脚、舌先を含めた麻痺と口話、左手の順に重傷で

グラデーション的に違いがあります。

逆に言えばリハビリの経過が判りやすいので、今回の話になる。

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私が感じてるのは、脳の壊死損傷具合で運動神経の指令具合に段階があり

当初は健常者が意識せずに歩き出せるような感じはなくて、全く反応しなかった。

それが、リハビリを根気よく続けてると、徐々に筋肉にチカラが入り出し、

そうなると肌の感覚がハッキリして麻痺が薄れて行く感じ。

それでもイメージで言うと、必死にリハビリに励んでも退院後1年ぐらいは、

左手はマジックハンド、左足は竹馬に乗ってるような感じ。

当然痛みは無いけど、触っても何も感じない。

重症の左手は当初は全く反応が無かったので筋肉にチカラを入れる練習だけでも

本当に長い期間が必要でした。

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リハビリの患者当人目線だと「麻痺が取れれば筋肉にチカラが入るのに・・」

っと思っちゃうけど、本当は逆。

麻痺してボワーンと痺れた状態のまま無理やりに動かしてると・・・・

数か月掛けて、やっと・・・・徐々に麻痺が取れてくる感じ。

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1時間正座して感覚が無くなってチカラが入らない程に痺れる、あの感じ。

「ッツ・・・・ちょっチョット待って・・」笑うしかない悶絶状態と麻痺は似てます。

ソコから足の血行を良くしてアイタタと痺れが取れるのを待つのでは無くて、

(´・ω`・)エッ?

「その痺れてチカラが入らない状態で、強引に無理やりに立ち上がろうとする感じ。」

幾ら待てど痺れは薄れません。強引に動かすから→神経が繋がって→徐々にチカラが

入るようになって→麻痺が薄れ痛覚や肌感が復活してくる。

そうしないと麻痺は取れません。

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最初は痺れてチカラが入らないのでズッコケたり、ピクリとも動きませんが、

何度も何度も繰り返してると数日単位でホンのちょっとずつチカラが入るように

なってくる。でも翌日とかではなく、一週間以上、もっと長いスパンです。

(*´σー`)エヘヘ

そうなると判って来ますが、徐々に麻痺が薄れるのと筋肉にチカラが入る量が

トレードオフの関係で、それが徐々に動くようになって歩行訓練などの

リハビリが出来るようになってくる。

そうなると、動けば動くだけ良くなる好循環にシフトします。

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脳梗塞発症後の経過時間が短く、脳の壊死損失が軽傷だと、ソコまで

麻痺は酷くない。

私は左足と左手、口話(呂律)のそれぞれに明白な差があり、より感覚的に

判り易かった。左足レベル6だとすると左手はレベル8だろうなぁ?って感じ。

重症レべルの差で上記の徐々に・・・の途中から始める段階のような感じ。

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もっと重症だと先ず、意図的に筋肉を強張らせる最初から始めるしかない。

更にもっと酷いのは私には判りませんが、脳の指令すら出せないのかも?

私はソコまで酷くは無かったのですが、左足が辿った、麻痺が取れて動くようになる

リハビリまでの道のりが、左手のリハビリ途中に経験して

「あー・・・ココでやっと左足のアソコくらいの回復なのか?」っと分かった。

・

んで、ここから。

リハビリ退院後も、自主リハビリは、ずーっと毎朝続けてる内に、もう歩けないと

ヘタリ込む程、ものすごい負荷を掛けたりした後にパーンっと言う感じで、

1・ゴム手袋を外したように皮膚の感覚が健常者並みに良くなって

2・今までより遥かにチカラが入れやすく、反応速度も健常者並みに速くなる

ブレイクスルーみたいのが過去に左足2回、左手1回ありました。

1回目も負荷を掛け過ぎて「もう動けない」ほど疲労した後に起こって

急に肌の感触が以前よりもハッキリして、よりチカラが入るようになって

今まで難しかった動作が以前のように簡単に出来るようになった。

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っで、読んだ人は「そのブレイクスルーっぽい事が2回あったのね?」っと

理解できるけど、その時は医師も知らないし、私にも判らない初めての体験。

なんだか判らないが、神経が開通したようなブレイクスルーっぽい

そう言う感覚があり、一気に動きやすくなって・・・・

ソレがまさか二段階だとも判りません。今回、前回よりも、より一層、

着ている衣服の裏地が肌で感じ取れるほどリアルで健常者並みにチカラも

入れられギクシャク感が取れ、動きが意識せずとも動きやすくなる。

それが2段階あったのも、今回で初めて判明したの。

(*´σー`)エヘヘ

この後にまたあるか?無いかもわからない。

前人未到、初体験は、そう言うモンで結果論的に解釈して判るモノですよね。

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結果論的に「見えないベールのような膜が取れた」ような感じになる。

前日まで、っと言うか今、現在もコレが普通に思ってるけど、それが

取れて「うわっ!めちゃダイレクトで動き出しが自然で軽やかになった」

っと感じる。コレは自分にしか判らない差だけど、ものすごく嬉しい。

・

コレをブレイクスルーと書いたのは、毎日ひたむきにリハビリを続けてて

大した改善も変化なく過ごしてたのに、思いっきり負荷を掛けた後に

スパーンっと薄い膜が破れると言うか・・・ある日突然、突き抜けるような感じ。

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うーん・・・詰まってた神経経路がスッキリ通るような感じ??

徐々に伸びて来た神経同士が・・・・やっと今頃に繋がったような感じ?

とにかく、急に裸眼で視力1・5になったようなハッキリとした改善を

体感した。

今回(っと言うか昨日)左足の2回目のブレイクスルーだったんだけど

クタクタでバタンキューの深夜に「あれ?調子よく左足から立ち上がれるぞ?」

「ん??意識しなくても健常者並みに自然に左足が前に出て歩けるぞ?」となり

「おぉぉ!見てみて!左足から階段上れるようになった!!!」

「わぁ!左足でケンケン出来る!すげーっ!」と一人で大はしゃぎしてました。

(* ´艸`)

モチロン、コレで完治して治るほど甘くは無いのですが、昨日までの

ギクシャクとは違う、左脚だけ健常者の70%くらいまで回復した感じ。

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でもでも、コレは毎日、地道に続けてるからだと思うし、なんと言うか

ぐぅーーーーっと長い間貯めてから・・・臨界点に達して一気にパーン!と

神経が開通した?的になるので「ブレイクスルー」みたいな感じです。

この感じだと今後も自主リハビリを続けてると、一番軽傷だった左足が

先に2度目のブレイクスルーを経て・・・完治に近くなった???

その内に今度は左手も2度目のブレイクスルーが来たり、舌先の麻痺が取れて

今より喋りやすくなるのかも?っと期待せずにはいられない。

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今回の2度目のブレイクスルーを経た今となって、イメージで言うと

「足の骨を折って一か月ギブスしてたのが、外れたような感じ。」

また違和感があり、まだ体重を掛けられないほど筋力は衰えてるけど、

後は歩行練習して筋肉を鍛えるリハビリよね?っと言う感じに似てる。

・

一番最初の「動けーっ!」っと幾ら念じてもピクリともしないのとは違って

重くてダルいけど、意識しなくても普通に歩ける感じ。

皆さんが一般的に想像できるリハビリの感じまで、やっと戻ってきた感じ。

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このブレイクスルーと言うか階段的に回復して行く感じが、重症度合いの

重い左手もワンテンポ遅れて起きるなら、こうやって日常生活に支障がないレベル

までリハビリ回復→ブレイクスルーを経て→発症前の健常状態に近い回復まで

運動神経は回復するモノなんだと実感できると思う。

とにかく、凄く動きやすくなってチカラが入るようになって・・・・

「まぁ・・・全快は無理だよな・・」なんだけど、以前とカナリ近い感触の

こんなに回復するのは自分自身にもの凄く希望が持てる。ホントに嬉しい。

・

最初の2週間、その後の今までのリハビリも、お先真っ暗と言うか

医師も判らない、療法士さんも判らない、何も具体的な回復結果が

見えない状態だったけど、ココまで回復するもんだと判れば励みに

しやすいと思う。

「まぁ・・・ココまで回復してるだけでも幸せだ」っと言い聞かせ

私自身、ココまで予想できなかったし、こんな風に長いスパンで

こんな感じである日突然、感覚が戻るようになるとは思わなかった。

まぁ全快は無理と諦め、イチイチ、イチから覚え直しする覚悟前提

での話で、スッカリ元通りに回復するような夢のような話では・・・・

無いですけど、一歩も二歩も飛び越えて10歩ほど前進した嬉しさ。

・

「為せば成る」ホントなんだなぁ。っと・・・・つくづく思う。

諦めずに続けてれば・・・なんて楽観視で美化したものでは無く、

結果が全く見えない努力と言うのは「本当にモチベーションの持続が難しい。」

まだ「ココまで回復する」って判ってるなら希望も持てるけど、

医師に聞いても体験談も無く知り得ない完全な暗中模索状態。

・

コレ、結果論に私が根気よく続けて来て報われてるように見えるけど

ソレは今回のようにたまたま結果があってこそ、初めて判る事です。

数日前まで退院してから、ずーっと、効果があるのか?回復するのか?

が全く分からないまま進めるので、ナカナカに厳しい試練です。

普通だったら不安になったり、疑心暗鬼になって、その内に心が折れる。

・

逆に言うと(センシティブな話だけど)諦めずに続ければ、高齢でも

重症具合によって程度の差はあれ、全快に近い程に段階的に脳や神経が

リカバーするのかも知れない。

・

この感じから想像すると・・・

恐らく、あともう一回左足にブレイクスルーがあれば(判んないけど)

楽にヒョイっと以前のように脚立に登れるかも知れない。

モチロン、心の何処かでは調子に乗ってたらケガするかもだし、忘れた頃に

再発するかも知んないリスクは拭えないとは思ってるけど、暗中模索の

リハビリの毎日の中でワクワク希望が持てるのは、実に気分が良い。

やっぱり自分を信じてもがき続けてれば、結果は後からついて来る。

最終的に何処まで回復するのか?もしかすると、今が最高潮でこのまま

ずーっと変化が無いのか?も判んないけど、希望が持てると心強い。

これからも、がんばろーっと♪

悩める左手首 ( ̄~ ̄;)

題名からして暗いアウトなネタですがぁ・・・

まぁ・・・ここ数か月、病院をアチコチ巡ったり

色々あったのですが、まとめると・・・・

私の左手首は、学生の頃のバイク事故で大怪我して

最終的に名医によって無理やり引っ付いた感じ

だったのね?

いわゆる手首にある筈のくるぶしが粉砕骨折で

無い状態。だから変にチカラが掛かるだけで関節が

簡単に抜けちゃうポンコツ手首。

(* ´艸`)

事故当時、手首そのものを手術した後でも、骨の

固定ボルトを外したり、粉砕した細かな骨の

破片を取り除く手術を何度もした際に

「今は無理やり何とか付いて、手首から切断を

免れた状態。しかし関節の位置も悪いので、

ゆくゆくは成人までに再手術をした方が良い」

っと言われたまま・・・・時より手首の関節が

良く外れ困った事もあったが何とか自力で嵌めて

無理やり使いながら月日は流れ・・・・

・

今回、脳梗塞になって必死に左手のリハビリを

一生懸命頑張った。和太鼓習い始めたりね?

(* ´艸`)

脳梗塞前の私の左手は(必要以上にかばい過ぎて)

ホントに不器用で無理をすると簡単に関節が外れる

などで、あんまり好きじゃなかったんだけど・・・

(*´σー`)エヘヘ

リハビリによって左半身の運動神経を再構築する

過程で「ん?もっと左手が動くのかも?」っとなり

リハビリを頑張った成果で以前より良く動くように。

(* ´艸`)ニャハハ・・・

私の左手!もっと器用で便利になるのかも?っで

面白くなってリハビリで酷使してたら、

数か月前から・・・

徐々に手首の痛みが激しくなって来て

(´・ω`・)エッ?

ついには和太鼓を叩くと激痛が走り、痛くて

眠れないようになってしまって・・・

(ノД`)・゜・。

整形外科に行ったら「使い過ぎによる間接の炎症」で、

リハビリ&酷使し過ぎが原因との事。

紹介状を書いて貰い、手首関節専門の医師にも

見て貰ったが・・・答えは同じで

「リハビリも程ほどに・・」との事。

Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

もう少し年齢が若ければ、再手術と言う手もあったが

んま、専門医曰く

「正直、今更に手術をしても、あまり芳しくなく

完治はしない。元の関節位置が(本来の位置では無いので)

悪く、軟骨が痛んでるが、根本治療は無理だからもう少し

大事に労わり使う方が良いのでは?」

っと・・・諭された。;つД`)

・

うーん・・折角の和太鼓、曲りなりにも少し上達して

楽しいし続けたいのになぁ・・・;つД`)

木工などのチカラ仕事やバイク乗るのも

手首に極度の負担が掛かるので痛みが酷くなる前に

控えた方が良いと・・・・

うーん・・・・・

やっぱ若いうちに再手術すべきだったなぁ(;´д`)トホホ

・

でも、欲張りな私は、まだまだ木工も続けたいし

バイクも乗りたいし、出来る事なら和太鼓も続けたい。

(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン

当初は再手術も覚悟して最善を模索してたけど

最終的に、再手術はせず手首固定補助具を併用して

労わって無理せず使って行くしかないと言う結論に。

ますます左手が動かしにくくなっちゃうけど、

かといってリハビリを辞めればホントに動かなくなっちゃう。

┐(´∀`)┌ヤレヤレ

ギブスで固定し動かなくすれば、痛みも取れるし軟骨も

回復しやすい。しかし、リハビリを止め、過保護にし過ぎて

動かさないのは、今度は本当に動かなくなってしまう。

コレは専門医も不本意なので・・・悩ましいトコロ。

動かし過ぎる=痛みとトレードオフなので酷使し過ぎない

ギリギリを自分で模索していくしかない。

・

何でも極端にやり過ぎちゃう私だけど、もう年齢的にも

無理は効かない。自分で少しでも長く動けるように

ポンコツになった身体を上手くバランスさせて使って

行くしかない。

ココ数日、マジで年齢を感じた一件だったw

「あー・・・やっぱりあの時に再手術しておくべきだったかぁ」

後悔、先に立たず・・・ですな。

( ´,_ゝ`)プッ

一年前のあの日

去年の12月14日(水)だったか?私は深夜に

脳梗塞になって起きたら左半身麻痺に・・・

(ノД`)・゜・。

(当時の私はまだ脳梗塞とは判っていない)嫁に

深夜に救急車を呼んで貰い・・・あれよあれよと

緊急入院して・・・・絶望の中(コロナで病院内の

隔離規制が厳しかったので)一人ぼっちの正月でしたね。

・

一縷の望みを信じて懸命にリハビリに励み・・・・

そうそう、ゴールデンタイムの二週間が過ぎ、歩行練習

し始めた頃、夜明け前の早朝5時半に病室を抜け出し

休憩スペースの自販機のコーヒー飲みながら・・・・

ガラス越しのクソ寒そうな地元を、まるで死人と言うか・・

第三者視点っぽく、ゆっくり眺めながら

「俺はこんな身体になって、あんな寒くて厳しい現実生活に

戻れるんだろうか?」っと心細くなったのを思い出した。

(*´σー`)エヘヘ

あの頃は、まだ(今日のような回復をするとは思えなかったので)

本当に不安と絶望が入り混じった心細さで一杯でした。

・

さて・・・・一年経って・・・見事に出来過ぎなくらいの回復で

当時の自分に「心配すんなって!まだまだ動けるし諦めるな」っと

励ませられると思う。

まぁ・・・・言っちゃえば、今回の脳梗塞と言う大病は全てを

スポイルされマイナス要素しか無いんだけれど、この私が大病で

人生転んだ経験は、タダでは起き上がらない&肥やしにしてこそ!だと

思えるように日々頑張ってます。

(* ´艸`)

毎年、この時期になると嫌でも思い出すんだろうけど・・・・

「あの時、あーしておけば、こーしておけば」っと言う後悔よりも

「ホントにあの晩に死ななくて良かった。生きててサイコー!」

っと胸張って生きよう。

まぁ・・・完治する訳無いし、多分、私の寿命は随分縮まっちゃった

んだろうけど、まだまだ頑張るし頑張れる。

・

あの晩まで、自分は明日も生きて、年末を迎えて、また夏になって・・・

っと言うような生きてる有難みを当然として忘れてたかも知れない。

来年はあーして、五年後はあーなって、10年後には・・・

なーんて甘い楽観的な人生プランは一瞬で崩れ去ったw

(ノД`)・゜・。

今生きてる事に感謝し、半身ポンコツだけど、まぁ他に悪いトコロも無く

ココまで回復出来て、当面は介護の必要もない(筈)だから

今まで以上に人に感謝し、日々を噛み締めながら楽しんで生きよう。